2018年1月、欧州の資産運用業界で、ひとつの慣行が終わりました。証券会社のリサーチを売買手数料に含めて受け取る——数十年続いたこの仕組みが、MiFID IIの分離規制(アンバンドリング)で禁止され、運用会社はリサーチに自分の財布から値札どおりの対価を払うことになったのです。当時、市場に流れる情報が細っていくという懸念が広く語られました。8年経った今、答え合わせができます——しかも後で見るように、規制の側が自ら評価を出し直すという、めったにない形で。結論から言えば、リサーチはなくなったのではなく、主役が入れ替わりました。誰から誰へ替わったのか。運用する側の視点から読みます。
起きたこと——予算は3割消え、カバレッジは12%減った
まず、確定している数字から。
英国の金融行為規制機構(FCA)が規制導入後の2019年に実施した検証によれば、運用会社が外部株式リサーチに設定する予算は平均で20〜30%減少しました。5年間で約10億ポンドの節約になるとFCAは推計しています。買う側が値札を見た瞬間、支払いは3割縮んだ——これが分離の第一の帰結です。
供給側にも変化は出ました。European Financial Management誌に掲載された英国市場の実証研究(Fu, Jenkinson, Newton & Xie, 2024年)によれば、ロンドン証券取引所メイン市場の上場企業1社あたりのアナリスト数は、規制前の平均9.6人から規制後の8.4人へ、約12%減少しました。同研究は、このカバレッジ減少がメイン市場の流動性悪化につながったことも示しています。
ここまでは、当初の懸念どおりに見えます。しかし、記録はここで終わりません。
減らなかった場所——制度設計が緩衝になった
同じ研究が示すもうひとつの事実は、新興市場AIMではカバレッジが減らなかったことです。それどころか、1社あたり約1.5人という低い水準からではありますが、6.3%の微増を示しています。
メイン市場が12%減り、より小さく脆弱なはずのAIMが持ちこたえた。この非対称を、研究は制度の違いで説明します。AIM上場企業には指名アドバイザー(Nomad)の維持が義務づけられており、Nomadはしばしばリサーチカバレッジも提供します。つまりAIMには、売買手数料と切り離されたリサーチの供給経路が、規制の前から制度として組み込まれていたのです。
FCA自身の2019年の検証も、当時はこの読みと整合していました。中小企業(SME)のリサーチカバレッジに実質的な減少は確認されず、運用会社の大半は「必要なリサーチは今も得られている」と回答しました。予算が3割減ってもリサーチは足りている——消えたのは情報ではなく、バンドル時代の非効率だった。2019年時点の英国の公式見解は、そう読める内容でした。
小さい企業から順に見捨てられる——という当初の想定は、少なくとも英国では、そのままの形では起きませんでした。起きたのは、供給経路の付け替えです。
規制は一周した——それでも供給は元に戻らない
ところが、この公式見解は覆ります。2023年、英国の投資リサーチ検証(Investment Research Review)は、分離規制が英国のリサーチ供給に悪影響を及ぼしたと結論づけました。これを受けてFCAは、リサーチ対価を取引手数料と一括で支払う選択肢を再び認める方向へ、規則を段階的に改定しています。「害は確認されない」(2019年)から、「害があった、だから規則を戻す」(2023年〜)へ。規制の側が、自らの検証を約7年かけて一周させたわけです。
本稿にとって大事なのは、どちらの評価が正しかったかではありません。規則を巻き戻しても、市場が2018年以前に戻るわけではない、ということです。証券会社のリサーチの採算構造は変わっておらず、一度替わった担い手は、制度が許しても自動的には戻ってきません。規制の一周が示したのは、むしろ、この交代が後戻りしないことのほうでした。
空白を埋めたのは誰か——企業自身が語り手になった
では、メイン市場で減った12%の情報は、誰が埋めたのか。
Management Science誌に掲載された欧州13カ国・約1,500社のパネル研究(Bazhutov, Betzer, Brochet, Doumet & Limbach)が、この問いに直接答えています。研究の枠組みはこうです。IR(インベスター・リレーションズ)は、母国の資本市場制度が弱い場所でこそ、その制度の代替として機能する。所有が集中し、株式保有が薄い市場——研究の用語でinsider-oriented市場——では、企業が自前で情報を供給する必要が構造的に大きい。実際、平均的なドイツ企業は、企業属性を揃えた比較で、平均的な英国企業より25%多いIR人員を抱えています。
そしてこの研究は、MiFID IIをアナリストカバレッジへの外生ショックとして使い、次の発見を報告します。規制前からIR専任者を置いていた企業は、insider-oriented市場において、MiFID II後も可視性——アナリストと機関投資家のフォロー——を維持した。置いていなかった企業は、可視性を落とした。
企業側の行動も、これを裏づけます。上記のManagement Science論文の著者らがIR Magazineの2019年調査から引くところでは、FTSE350の平均的な企業が年間に持つ投資家ミーティングは、2017年の265回からMiFID II後には328回へ増えました。証券会社が仲介していた接点の一部を、企業が直接持つようになったのです。
並べると、主役交代の全体像が見えます。買い手は予算を3割絞り、本当に要るリサーチだけを選んで買うようになった。制度化された供給経路(Nomad)を持つ市場は細らなかった。そして仲介が細った分は、企業自身が情報の一次的な出し手になることで埋められた。リサーチという機能は消えていません。証券会社の付随サービスから、対価を払って選ぶ商品と、企業が自前で担う機能とに、分解されたのです。
日本企業はこう読む
日本にMiFID IIはありません。しかし、この再配分を駆動した経済——リサーチの対価が可視化されれば、採算の合わないカバレッジから細る——は、規制の有無にかかわらず働きます。そして日本は、上の研究の分類でいえば紛れもなくinsider-oriented市場です。所有は集中し、家計の株式保有は薄く、企業と市場の間の情報は、歴史的に閉じた経路で流れてきました。
だとすれば、欧州の8年間は日本にとって他人事ではなく、条件を先に満たした市場で先に起きたこと、と読むのが妥当です。証券会社のカバレッジは、今後も自然には増えません。中小型株であるほど、その傾向は強まります。待っていれば誰かが自社を語ってくれる時代は、供給側の採算から逆算して、構造的に終わりつつあります。
欧州のデータが示した分岐は、明確でした。仲介が細ったとき、可視性を保ったのは、細る前から自前の情報供給体制を持っていた企業です。細ってから慌てた企業ではありません。
だから、問うべきは「アナリストはいつ戻ってくるか」ではありません。戻らない前提で設計された市場が、すでに8年分の実績を持っているのですから。問うべきは、「自社の情報は、証券会社を経由せずに機関投資家へ届く経路を持っているか」「その経路は、カバレッジが細る前から動いているか」「海外の投資家が自社を調べようとしたとき、最初に見つかる一次情報は、自社が用意したものか」——です。企業を語るという仕事は、いま持ち主を替えつつあります。次の語り手は、企業自身です。
出典: FCA「Implementing MiFID II — multi-firm review of research unbundling reforms」(2019)/英国 Investment Research Review (2023) およびFCAの支払い方法に関する規則改定(CP24/7ほか)/Fu, Jenkinson, Newton & Xie「Research Unbundling and Market Liquidity: Evidence from MiFID II」European Financial Management (2024) 30(4): 1759–1786, doi: 10.1111/eufm.12460(LSEメイン市場・AIMのアナリストカバレッジと流動性)/Bazhutov, Betzer, Brochet, Doumet & Limbach「The Supply and Effectiveness of Investor Relations in Insider- vs. Outsider-oriented Markets」Management Science (2023) 69(1): 660–683(doi: 10.1287/mnsc.2022.4368)/IR Magazine (2019)(328回はBazhutovらの前掲論文経由の引用値)。数値は各公表時点のもの。